『Undertale』のGOTY・レビュー一覧

新着順 Game of the Year 2025 ゲーム別
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息子が必ず勧めてくる一本
ウルトラのトト さん
Undertale
三兄弟の末っ子。 小学4年生の息子のイチオシが、UNDERTALEです。 私が「次は何のゲームをしようかな」と悩んでいると、必ずすすめてくる一本です。 二人の兄はRPGといえばポケモンくらいしか遊ばなかったのに、三男坊だけはUNDERTALEにもドはまりでした。 「サンズを倒す」と言って、わざわざイバラの道へ。 道中のボスも相当強いらしく、一日で倒せないこともしばしば。 サンズに至ってはもう極悪。 苦虫を噛み潰したような顔で、今にも泣きそうになりながら、三日ほどかけて倒していました。 SEKIROの序盤に出てくる鬼が倒せず、売ってしまった私には、到底理解できません(笑) そんなUNDERTALEを、満を持して私もやることにしました。 それにしても、このゲームは癖がすごい。 モンスターと出会うと、 「追い払ってあげるから待ってなさい」 「逃がしてあげられるから、戦わなくていいのよ」 と教えられる。 序盤でそんなことを教わったので、そのスタイルで進むことに。 とにかく戦わない。 ボスらしいモンスターとも戦わない。 「どこまでこのスタイルでいけるんだ?」と思いながら進めていくと、結局そのままクリア。 いろいろなルートがあるようですが、私にはこの世界のモンスターと戦う気持ちには、どうしてもなれませんでした。 一周で終わりかな。 いろいろな事を考えさせられる、とても深いゲームでした。 息子は、deltaruneも大絶賛。 UNDERTALE同様、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、激ムズルートを攻略していました。 願わくば、SEKIROに心を折られた俺の仇を、取ってくれるといいな。
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妻の常識ひっくり返したで賞
Emesuke|Dear Good Gamers ! さん
Undertale
始めに断りを入れておくが、これはゲームのプレイレビューではないし、正確には僕のレビューでもないかもしれない。では誰の? それは少なくとも10回はプレイしたであろう僕が、このゲームを「初めてプレイする妻のリアクション」に対するレビューである。その上で改めて素晴らしい作品だと感じた。その始終を誰かに伝え、少しでも共有できれば幸いと思い、ここに記している。 知らない人にはきっかけを、知っている人には追憶を与える一助になることを願う。UNDERTALEのすばらしさを。 あなたには「記憶を消してもう一度遊びたいゲーム」はあるだろうか。僕にはいくつか思い当たる。その一つがこのUNDERTALEだ。 今年、とあるゲームメディアがこのテーマでアンケートを集計した。すると1位に輝いたのはまさにUNDERTALEであった。 ではなぜプレイしたユーザーたちは「記憶を消したい」とまで思うのか。それは「もうプレイする前の自分には戻れない」からだ。 この「戻れなくなる」要素には大きく分けて2つあると思う。 1つは「ストーリーを知ってしまった」 これは分かりやすく、今後の展開がどうなるのかを知ったことでこれまでと同じ驚きや新鮮味は得られないためである。 もう1つは「謎解きやパズルの答えを知ってしまった」 これも当然、答えが最初から分かっている謎に旨味などはない。 しかし、UNDERTALEは前者に近い部分はあれど、正直どちらにも当てはまらないと考えている。先程、要素には2つあると言ったな。 あれは嘘だ。 つまるところ3つめの要素がある。「常識や固定概念を変えられてしまった場合」だ。 UNDERTALEにはそんな力がある。それがキャッチコピーの「誰も殺さなくていいRPG」にぎっしりと詰まっているのだろう。 ここからは、その力を浴びて常識をひっくり返された妻のお話である。 きっかけはコンサートだった。今年はUNDERTALEがリリースされて10周年であり、それを記念したオーケストラコンサートが開催されることとなった。5年前にも同コンサートは開催されており、僕は動画でそれを拝見していた。当時世間、いや世界では新型コロナウイルスが猛威を振るっており、画面越しからでもとても元気をもらう素敵な演奏と音楽であった。 そんなコンサートが今再び⁉これは!これはもう!行くしか!!ない!!! そう思った僕は価格を見ることもなく勢い任せにSS席のチケットに応募していた。 が、応募完了のボタンを押す寸前。「これ1人でいいのか?」ふとそう思った。あんなに素晴らしかった機会、誰かと共有できた方が感動もひとしおなのではないか。 そうして僕は妻をコンサートに誘った。かくかくしかじかで…あぁで…こうで…。さぞオタク特有の早口であったろう。 その後、妻はこれをあっさりと了承。「楽しそう」と言ってくれた。 ちなみにコンサートは言うまでもなく最高であった、が詳細は割愛。 ここまでは序章。これはコンサートの感想レビューではなく、妻のUNDERTALE初プレイ(を見た僕の)レビューなのだから。 そのときは唐突にやってきた。 コンサート参加を控えたとある日。妻からこんな言葉が出た。 「やっぱりUNDERTALEって、動画で見るのと自分でやるのじゃ全然違う?」「コンサートに行くんだったらちゃんと感動したいし、知っておきたい。」 UNDERTALEの…初見プレイが見ら…れ……? 僕は湧きあがり押し寄せるオタク心を必死に静めながら、すぐさまプレイ環境を整えた。 ここから妻の地底世界大冒険が幕を開けた。ちなみに妻は全くこのゲームを知らないというわけではない。なんとなく動画で見たことはある、という程度には認知していた。 いくつかのチュートリアルを終え、いよいよ一人で歩き出した数分後。その時は訪れた。 戦闘に入り、画面に現れた変哲もないカエル。名前はフロギー。妻はポチポチとボタンを押し、持っていた武器をフロギーに叩きつけた。当然反撃を受ける。 「このカエル、攻撃が意外と素早いね。避けづらい。」 至って冷静であった。僕にとってのフロギーは、妻にとってはただのカエルのようだ。やがて目の前のカエルは潰されて塵になった。 戦闘を終え、経験値が注ぎ込まれた妻。この後どうするのかと見守っていると、辺りをウロウロぐるぐるし始めた。 まさか。 「もうちょいレベル上げとかないとね。」 やばい。こいつホンモノだ。 背中に汗が伝うような気がした。 妻はゲーム自体は好きだが、普段はあまり自分でプレイしない。しかし、RPGだけは自らプレイする。特にドラクエとキングダムハーツがお好みのようだ。そんな妻のプレイスタイルは「徹底的なレベル上げと盤石な装備での圧勝」である。 その手に、その脳に、幼少期から刻み込まれてきたであろう妻のRPGスタイルが、今ここでフロギーを叩き潰している。 ネタバレは勿論、あまりアドバイスをしないでおこうと考えていた僕も流石に焦り、「このゲームはそこまで熱心にレベル上げをしなくても大丈夫だから。」と先のエリアへ背中を押したのであった。 旅を進める中で、序盤に立ちはだかるボスがトリエルというモンスターだ。彼女は初めて出会う主人公を助け、優しく接してくれた上で、この先主人公を襲う苦難を案じて旅を止めるよう訴えてくる。それでも歩みを止めない妻。対立し戦闘となる。 戦闘の中で少し対話することも覚えたようだが、 「まぁでもやるしかないよね。」 と変わらず冷静。トリエルも妻の振り上げた右手の前に沈む形となった。 ズン ズン と前に進む勇者妻。その背中にのしかかる業の重さに気づくのはいつになるのか。でも僕は気づいていた、トリエルを倒したときの妻のどこかくぐもった表情を。多分「何か違う」と感じていたのだろう。 意外にもその時は早かった。その先で出会ったスケルトン兄弟、パピルスとサンズ。そのパピルスと対峙することになるのだが、妻は純粋に敗北した。 「あぁ゛!あの骨避けれない!」 悔しがっていた。 相手のパピルスは心優しいが故に、この戦闘は敗北しても簡単に通り抜けられるような名ばかりの檻に入れられるだけ。いつでもすり抜けてパピルスに再戦しに行ける。 ここで妻に何か引っかかったようだ。 「ゲームオーバーじゃないじゃん。負けたのに死なないの?」 妻にとって戦闘は死ぬかどうか。デッドオアアライブ。きみは修羅場で生まれ育ったのか。 その後、敵の攻撃にも慣れてきてようやく勝てそうというところ。妻のカーソルが初めて右へ動いた。 【🗡たたかう】→【×みのがす】 僕は人が変わる瞬間を見た。 「さっき見逃してくれたし。」 妻にとっては些細なことかもしれないが、その選択は未来を、自分を変える。 戦闘を終え、イベントが進み、妻とパピルスは友達になった。パピルスとサンズのユニークなくだらない掛け合いを見て、少し笑う妻。 不思議なもので、「逃がせる」という選択肢を知っただけで、その後の旅は常に「どうすれば逃がせるのか」を考える戦闘に変わっていた。 気が付けば僕の横にいるのは、もうあの頃のバーサーカーではなかった。 しかし、手にかけたモンスターたちはもう戻らない。終盤になるにつれて、徐々に自分の罪を数え始めたらしい。所々で 「トリエルも助けられたのか…。」と呟いていた。 曰く、「殺したいわけない。でもそうするのが普通だと思って。」と話していた。 でも本当に?「レベルが上がったとき少しでも『よし』って感じなかった?」本編ラストのサンズばりに問うてみる。 怒られた。それしか知らなかったんだと、怒られた。 それはそうだ。僕もそうだった。きっとみんなそうだった。ゲーム中でフラウィーが言う。「この世界は、殺すか殺されるかだ。」でもそうじゃなくても良いんだとこのゲームに教えてもらった。 ここにいる妻も今、教えてもらったのだ。 ここからは怒涛だった。凄い勢いで1週目をクリアし、「今度は全員助けてみせる。」と真の勇者が立ち上がり、2週目を進めていった。 そのラスト、詳細は省くが、これまでのキャラクターたちとの思い出を振り返りながらラスボスに立ち向かうシーン。最高のBGMも相まって、何度見ても涙が出てくる。 ふと横を見た。妻も泣いている。なんてことだ。数時間前、フロギーを叩き潰したときの据わった真っ黒な目が嘘のよう。綺麗な涙が流れていた。 こうして妻の冒険は幕を閉じた。 全員をとことん抹殺するルートもあるよと伝えたが、 「もうそんなことは出来ない。」 「このまま皆には平和に過ごしてほしい。」 とのことだった。 きっと初めの頃、「全員倒したら最強武器が手に入るよ」なんて言ったら妻はどうしただろう。あのままエリアを徘徊しながら、隅をつつくように、草の根を分けるように、モンスターたちを探し続けていたのかもしれない。(1週目からそのルートには突入できないが) ゲーム中、条件を満たすことでサンズと戦闘することができるが、その戦いの最中で彼はこんなことを言う。 「『できる』ってだけやろうとするんだ。そう…『できる』ってだけで…。」 そう。僕たちは何でもする。行けるかもしれない塔の上に登り続けるし、通路が隠されてるかもしれない壁は叩き続ける。盗めるかもしれない道具は盗み続ける。 この「できる」は人々の脳内で「やったらどうなるんだろう」に変化する。言い換えれば「知的好奇心」、もっと砕けば「興味」だろう。 UNDERTALEはこの「できる」を拡大して、これまでのゲーマーたちの中に刻まれ培ってきたものを逆手に取ったゲームだ。生かしても良い、殺しても良い、友達になっても良い。 これを知ってしまっては、これまで自分が経験値にしてきた者たちはどうなるのか。何千と切り倒してきたスライムたちにも仲間や家族がいたのか。 「ぷるぷる。ぼくわるいスライムじゃないよ。」 こうやって多くのゲーマーの常識を変えてくれたUNDERTALEが妻の固定概念も取り去っていった。今日もまたどこかで誰かの常識を覆していることだろう。 そんな素晴らしいゲームに最大限の感謝を送りたい。 10周年おめでとう。