みんなのGOTY(ゲーム別)

新着順 Game of the Year 2025 ゲーム別

DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH

Game of the Year 2025
Zuzunpa さん
ShapeHero Factory / シェイプヒーローファクトリー
これが工場自動化沼か!? ファクトリアなど前から工場自動化ゲームは気になっていた。ただ、PCゲームはほぼプレイしないスタイルだし、PlayStationPlusのゲームいっぱいやらなきゃだしと避けていた。 ただ、ShapeHero Factoryの存在を知ってから、なんかとっつき易そう。気になる。ほしい物リストに入れちゃった。あぁ、セールで更にお手頃になっている。あっ、買っちゃった。しょうがない少しだけだからネ。 早速、プレイを始めると、覚えることが結構あるし時間制限があって、かわいい見た目の割に取っ付きづらいじゃん。とにかく、ベルトコンベアの配置が難しくて時間が足りん!このゲーム、工場系ゲームの経験者向けか?というのが初めてプレイした時の印象。 しかし、ゲームの進行時間を停止する設定を有効にしたら、このゲームの仕組みの理解が捗る!そして、配置を満足できるまで予算内で幾らでも直せる!これにより沼る!本来は、タイムリミットがあるのに満足するまで配置換えに勤しんでしまう。 更にステージグリア型のローグライト要素が「このステージをクリアしたら今日はやめよう。」という気持ちを揺るがせる。ステージクリア後の報酬で「これ来たら、試したくなっちゃうじゃぁん。少しだけだから、ちょっと試すだけだから」 ・・・・・ 「って、クリアしちゃてるじゃん。また、報酬きたよ。もう寝ないと・・・」 ・・・・・ 「ぉおおぉぉおぉい!!!また、クリアまでやってしまった。」 今夜も工場自動化沼に堕ちていくのだった。
Game of the Year 2025
ナナオ さん
DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH
2026年、最も期待していた、けれど同時に「前作の体験を超えられるのか」という不安も大きかった今作 結論から言えば、その不安は全くの杞憂に終わった 25年6月26日に始まった旅 淡々と荷物を運び、ただ地平線を目指し続けた日々 一か月後、約140時間のプレイを経てトロコンを達成した瞬間、「人生で一番好きなゲーム」が更新されたのだと静かに確信した 心を奪われたのは、淡々と目的地を目指す時間そのものだ 朝焼けに染まる崖、夜空を彩る花火、没頭した国道復旧… その一瞬一瞬に、「今、確かにこの世界を生きている」という震えるような実感があった ゲームという枠を越えるため、新たな挑戦を続けながらも、決して破綻させることなく調和させる その繊細な仕事は、派手さこそないが、私とこの世界を確かに繋いでくれた だからこそ、「人と人を繋ぐ」という物語が、前作よりもずっと優しく、素直に胸へと届くのだ 万人に薦められる作品ではないかもしれない 刺激的なゲームでもないかもしれない けれど、ここには分厚く、暖かな、呼吸するような感動がある どうかこの旅を、あなたにも 心から、そう願っています
Game of the Year 2025
パラたま さん
DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH
デスストは1, 2併せて自分の人生のベスト1と言っても差し支えないくらい、とても大好きな作品です。 今年もここで1本を選ぶのが本当に悩ましいくらい魅力的なゲームをたくさん遊んできました。その中でデススト2は1の正統続編と言うこともあり、ある程度の楽しみ方や内容が把握出来た状態でのプレイだったため、1ほどの衝撃は受けられなかった面はあります。ただ1を遊んだときにはこのYourGOTYという企画が開催されていなかったこともあり、これを機に1, 2併せた「DEATH STRANDING」という作品を私のGOTYとして選んでおきたいとの気持ちで決めることが出来ました。 豪華な俳優・声優陣が織り成す映画のようなシナリオや、この独特な世界観と非常にマッチしていた音楽など魅力はたくさんありますが、個人的には嫌いなところが無いくらい全ての要素が刺さりまくっていたので逆に良いところの言語化が難しい…。全部好き! なにより基本的には荷物を運ぶだけというこのゲームの遊びのメインとなる要素が、1, 2共にトロコンした自分でもなんで楽しいのかが正直良く分かっていない不思議さもあります。 依頼を受け、配達ルートを考える。この距離と荷物の量なら徒歩で十分だけど、道中は崖がありそうだから梯子とロープを持っていこう。時雨で荷物が劣化する可能性もあるし一応ケースリペアスプレーは常備。ミュールには出会わないだろうけどボーラガンぐらいはあってもいいかな。 依頼者に見送られながら出発。天気は良く、視界は良好。望まれて出来た世界ではないが、この見晴らしの良さは気持ちが良い。道すがらすれ違う同業者に手を振りつつ、背中に積んだ荷物の重さを全身に感じながら歩を進める。 問題の崖に到着。パイルを地面に打ち付け、括り付けたロープを手繰って慎重に崖を下る。何事も無く崖を下り終え、当初の想定通り事が運んだ自分の計画性を自賛する。 配達先に到着。時雨は降らなかったけど一応ケースは綺麗にしておこう。新品同様の荷物を納品し、喜ぶ住人の感謝の言葉が軽くなった体に染み渡る。カイラル通信を繋ぐことで、また世界は一つになっていく。 来た道を引き返すと、先程の崖にはどこかのサムが立て掛けた大きな梯子が。下りとは打って変わってスムーズに登り切り、感謝のいいねを送る。 プレイベートルームへ帰り着く頃には日も暮れていた。全身の汚れと疲れをシャワーで洗い流し、なんてことも無い今日という1日を終えたサムを労う。 日が昇ればまた新しい配達の旅が始まるのだろう、そんな考えに耽る間もなく、疲れた身体は意識と共にベッドへ沈んでいった。 ……あれ、これやってることは違えど普段の仕事と変わらなくない?なんでそれで楽しいと思えるんだ? 様々な悩みや迷いの中で決断を下し、実行に移し、成功することもあれば失敗することもある。誰かに感謝されることもあれば、誰にも気付かれないこともある。何気無く過ごしているそんな日常も、見方を変えればもっと楽しめる要素に気付けるのかもしれない。 なんて、そんな考えでこの作品を遊んでいたかと言われればそんなことも無いのですが、本当にこの配達のループがテンポ良く繰り返され、やめどきを失うほどに熱中していました。一つ一つの苦労、達成感、触れ合い、全てが愛おしい。 改めて言語化しようとしてもやっぱり難しいしまだまだ書き表せられないけど、そんな複雑なところも含めて心に深く残る作品でしたね。 今年も仕事納めお疲れ様でした。来年もゲームに仕事と頑張っていこう!!
Game of the Year 2025
YOMONI さん
DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH
正直、前作プレイから何年も経ってるのに「同じことやってる」と感じたり、「ルーの存在感の薄さ、愛情の湧かなさ」に不満があったり、「俺より仲間が多くて、サムは淋しくないだろ」などと思ったりはした。 でも正直になれ。 40過ぎのオジが145時間も毎日プレイし続けたんだ。 GOTYじゃない理由なんてあるのかい?
Game of the Year 2025
ジョン@営農とサブカル さん
DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH
<<このレビューには本作のネタバレが含まれています>> 「デスストランディング2 オン・ザ・ビーチ」は、プリミティブな労働の喜びに満ち溢れた「はたらくおじさん」のためのゲームだ。 本作は、デス・ストランディングという現象に覆われた世界で、BTと呼ばれる化け物や武装集団が跋扈する危険地帯を横断し、A地点からB地点へひたすら荷物を運ぶ—という、世にも珍しい「労働」をテーマにしたゲームである。 前作でアメリカ大陸をカイラル通信網でつないだ主人公サム・ポーター・ブリッジズは、ブリッジベイビーだった「ルー」と家族になり、穏やかな日々を送っていた。しかし新たな依頼を受けてルーを家に残しているときに、彼女はサムを狙った襲撃に巻き込まれ命を落とす。深い喪失を抱えたサムは、その傷を癒すためにオーストラリア大陸をつなぐ旅へと向かう——本作はここから幕を開ける。 本作が前作と変わらず面白いのは、資本主義経済と切り離されたプリミティブな労働の喜びがあるからだ。 本作のなかでは徹底して貨幣経済と切り離された世界が描かれている。プレイヤーが受け取るのは「いいね」という承認だけ。それは無限に送り合うことができ、アイテムと交換ができるわけでもない。 だが、だからこそこのゲームは働くことの純粋な喜びを提示できている。自分が作った橋や道路を他のプレイヤーが使い、「いいね」が送られてくる。誰かの役に立っている実感、社会とつながっている感覚——現実世界では貨幣経済やその他の要因によって希薄化してしまったこれらの感情を、本作は変わらず与えてくれる。 前作よりも複雑化したコース、カイラルクリーチャー、道中頻発するトラブル、大配送など配送のバリエーションもかなり増えている。 カール・マルクスの疎外論によれば、資本主義社会では労働者は自分が作った生産物からも、労働行為そのものからも切り離されてしまう。 本作で「なわ」と表現される「つながり」がもたらすのは「疎外」を受けない本来の労働だ。資本主義経済における「生産性」とは無縁のゲームという空間において、何かと格差を感じることも、何かに搾取されることもなく、働くことで、労働が本来持っていたはずの喜びを得ることができる。 昭和・平成を生きてきた「はたらくおじさん」たちが夢中でやっていた労働には、本来、こうした素朴な承認があったのではないだろうか。 小島秀夫監督が60代であることを考えれば当然かもしれないが、本作で描かれるストーリーは昭和・平成の価値観で働いてきた男性たちの物語なのだろう。 象徴的なのは、ルーという存在の扱いだ。ゲーム冒頭で彼女は命を落とし、物語から退場することになる。 輸送船DHVマゼランという「イエ」が常に同行する本作において、ルーを連れて旅をする描き方もあったはずだ。ルーを殺さずとも、彼女をダシにサムがずっと旅をし、仕事の合間にルーの世話をしたり、病気になった彼女のために抗生物質を探したり、そんなふうに描くことだってできたのではないか。もし小島秀夫監督が令和のはたらくおじさんであったなら、そうした「仕事と育児の両立」を描いていたのではないだろうか。 だがルーが育つ過程は意図的に省略されている。これは家族を顧みず仕事に没頭してきた世代が、子どもの成長を日常的に見守る経験を持たなかったことの表れのように思う。彼らにとって子どもの記憶とは、生まれた1年間くらいの乳幼児期と、大きくなって言葉を話せるようになった青年期くらいしか鮮明に残っていないのではないか。 また、本作では妻の不貞という要素も描かれる。サムと対峙することになる謎の男ニール・バナはサムの妻と不貞関係にあったと疑われるシーンが多くある。仕事に没頭して家族をないがしろにし、その家族が不貞に走る——そしてそれを止める資格が自分にあるのか悩む。この描写もまた、働くことにすべてを捧げた世代固有の苦悩のように思う。「課長島耕作」や「黄昏流星群」を彷彿とさせる展開だ。 そんな世代が傷ついた己を癒すのは何かといえば、「仕事」なのだ。 サムの周りにはドールマンやフラジャイルといった、彼をケアしようとする人々がいる。だが彼は、その直接的なケアを受け取ることができない。ひたすら仕事に打ち込み、その過程でようやくケアされていることに気づき、傷と向き合っていく——この構造そのものが、昭和・平成的な働くおじさんの生き方を象徴しているように思う。 令和を生きる働く父親である私にとって、こうした生き方はもはや許されない。家族をケアしながら働き、自分の傷も仕事以外の方法で癒さなければならない時代だ。 本作が描くのは、もう戻れない時代の労働だ。仕事に没頭し、それで心を癒すことが許された時代。家族を顧みなくても、それが「男の生き方」として容認された時代。 私たちはもうその時代には戻れないし、戻るべきでもない。だが、ゲームの中でなら、その時代の労働を追体験できる。それは郷愁かもしれないが、同時に、失われた何かへの哀悼でもあるのだ。
Game of the Year 2025
おやすみ さん
DEATH STRANDING 2: ON THE BEACH
いつか大切な人を失くしたとき。 理不尽に打ちのめされたとき。 きっとこの作品のことを思い出すだろう。