21ナノ秒で届く光が、世界を青く照らす---
誰だって、困っている人がいたら助けたい。
悲しみに沈み込んでいる人がいたら救ってあげたい。
ーー だけど、そのために嘘をつかなければいけないとしたら?
あるいは、嘘よりひどい真実を伝えなければいけないとしたら?
シュレディンガーズ・コールは、美しい映像と音楽、超一流の演出で彩られた唯一無為な世界にプレイヤーを誘い込む。
月が落ちてきて世界が滅ぶ、わずか21ナノ秒前に、あなた--メアリは世界最後の話し相手として電話の前にいる。
あなたは自分が誰だか記憶もないし、電話の向こう側もまた色んな魂がドロドロに溶け合ったジュースのようになっていて、何もはっきりわからない。
しかし、話しかけることで、その話に耳を傾けることで、気持ちに寄り添うことで、曖昧だった『存在』の輪郭がはっきりと見えてくる。
物語は章仕立てになっており、それぞれの章は独立した話になっているが、背景に大きなストーリーが通低音で繋がっていて、散りばめられたキーワードが伏線になって、最後に全てのピースが一枚の絵の一部分だったと気付く。
その絵は電話の向こう側の存在のあいまいさに似ている。
あなたが電話で話し掛けて、その存在の形を『確定』させるのと同じく、プレイヤーは心の中でこのゲームの本当の物語を『確定』するのである。
このゲームは、大変おすすめなのだが、注意点として、このゲームにアクション性はないし、オープンワールドでもないし、いわゆる普通のゲームではない。
面白い、すっきりとする、楽しい、そういう明るいゲームではない。
何か得体のしれない、でも圧倒的なすごさを持った映画を見た後、薄暗い廊下を放心状態で歩いて、ゆっくりと何事もないいつもの現実に戻っていく時のあの『心のザワザワ感』で構成されている。
ゲームを途中でやめた時に、モニョモニョモニョというような逆再生のようなキャラクタボイスが幻聴のように聞こえてくる。
唐突に滅ぶことが確定した世界で、どうしてこのような状況になったのか誰もわからないまま、曖昧な記憶をたどり寄せたくて電話越しにメアリに話しかけてくるものたちの声がゲームを止めても聞こえてくる。
そのものたちは、メアリと話をするうちに、自分自身が少しずつ見えてくる。
あるものはひどく後悔している。
あるものは最後にあの人の声が聞きたかった。
あるものはなぜあの人がいなくなったのか、知りたい。
あるものは自分が必要とされていたいと死ぬほど渇望していたことを思い出す。
あるものはあまりにも自分自身が曖昧で、誰かの記憶と重なり状態にあり、メアリが観測しないと確定しない。
そうそう、このゲームのアートワークはあらゆるものが重なり状態にある。
人間と動物が重なり合っている。テキストの表示はイラストと重なり合っている。
イラストとイラストは透過されたレイヤーに重なり合っている。
そして、音楽ですら、複数のトラックが巧妙にミクスチャーされて重なり合っている。
メアリが物語を重ねていくにつれ、音楽のレイヤーもまた重なりあっていく。
生々しい弦楽器の重低音、掠れて調律の少しズレたピアノ、不安なノイズ。
ストーリーとアートワークと完全にシンクロした旋律が、プレイヤーの心に寄り添い、揺さぶる。
そして、全てが曖昧で重なり合った世界の中で、電話の向こうの逆再生で曖昧な声が少しずつ真実に近づいていく。
そして、最後はあなた--メアリが、未完了だった通話の先を導き出す。
あらゆる感情が重なり合い、記憶も定かでなかったものたちが、少しずつ『確定』し、消えていく。
--で、あいまいなことばかり書いているが、結局、どんなゲームなのか?
本当にプレイした方がいいゲームなのか?
と思うかもしれないので、正直なところを最後に書く。
このゲームは、
世界が滅ぶ過程でもなく、世界が滅んだ後でもなく、世界が滅ぶ瞬間、今まさに滅びようとしている21ナノ秒を厚み0mmの細さまで引き伸ばしたような世界の中で、それでも『誰かのために生きていきたい』、『人を幸せにしたい』と願う、
そんなゲームだった。
そんな気持ちになれる体験ができるゲームは、シュレディンガーズ・コールしかない。
プレイした方がいい。
私はこのゲームをyour GOTY2026に推す。
※このゲームについては、色んな謎があり、その明確な答えは公式にはされていない。ネタバレありのレビューで私の中の『確定』をしてみたい。
※平和な日常風景が欲しかったので、自分で描いた漫画を貼っておきます。
ここから先はネタバレありだけど、そもそもネタバレの答えは無い。
だからこれはただの私の妄想と願望である。でも、このゲームのメッセージはこうだ。
--あらゆる感情、状況は重ね合わせ状態で、未確定で未完了なのだから、あなたが思うように『確定』させていけばいい。
--私たちの世界に月は落ちていないかもしれないが、私たちの宇宙はいつか終わるのだから、大きなスケールで見れば21ナノ秒も何百億年も同じことである。
■私の中の『確定』
・結局、月は落ちたのか? それともメアリが落ちたのか?
→私が思うに、月は落ちていない。そして、メアリも落ちていない。
21ナノ秒は、6m高さから地面を見た時、地面から発された光が目に届く時間である。
満月の夜だった。全てに絶望したメアリが青い施設の高いところ(6m)から、手すりに手をかけて、飛び降りようとして身体を乗り上げた瞬間、満月が映った大きな池の水面を見た。それはまるで頭上の月が落ちてくるように見えた。
その瞬間、メアリの目にその光が到達する瞬間、メアリは『生きるか死ぬか』の重ね合わせ状態にあった。
その21ナノ秒が薄く長く引き伸ばされている。
・ハムレットの正体は?
→エンディング後のメアリが抱いている猫のぬいぐるみ。メアリが愛着を持っているぬいぐるみはメアリの分身となった。メアリが重ね合わせ状態になった時、その分身も『生きるか死ぬかのハムレット(重ね合わせ状態)』になった。
・1〜4章の電話相手はメアリの頭の中にあったもの?
→実際の出来事とメアリの記憶が重なり合ったもの。望遠鏡、劇場のチケット、ムーンチャイルド、るり色の薔薇はエイミーのことを覚えているメアリの記憶。無造作に電話して一度話した人たちの記憶と、メアリの記憶が混ざっている。ただ、集合的無意識世界から来たメアリの外の記憶も接続されていると思われる。
・第1章で、電話を掛けるように促した少女は誰だった?
→エイミーが集合的無意識に溶け込んでいて、メアリの覚醒を促すためにルーシーの背中を押した。
・第2章で、リアは本当にいなくなった? あのエピソードはどこまで本当?
→第2章はリアがいなくなったことで悲劇が完成しているので、第2章のプロット自体が劇の内容だったと思いたい。だって、台本の読み合わせも練習もせずにチケットを販売するのは考えにくい。リアは女優になって、美しい歌声を響かせていてほしい。また、突然家から出ていなくなる、という行動がエイミーに似ている。メアリにとってのエイミーの失踪がリアの失踪に重ね合わされている。
本当はリアはいなくなっていない(願望)。でもトーマスにとって遠くに行ってしまったことに変わりはない。
・第3章のヴァイオレットの館は誰が火をつけたのか?
→火をつけた犯人が現場にいると考えにくい。サイラスの父親は冤罪。ヴァイオレット以外のムーンチャイルドが他にいたのではないか。冤罪で捕まっているのはルーシーも同じ。このゲーム、冤罪と失踪が妙に頻出している。
・そもそも、なぜ、エイミーとメアリ以外は動物の顔をしているのか?
→ メアリは天涯孤独だったから、電話先の声を人間の顔でイメージできない。
また、あなたは動物に例えると何に似ている? といつも聞いていた。
フィリップは犬の顔をしているが、青い施設で会った時は人間の輪郭をしている。メアリは顔を見れなかったから、人間でイメージされていない。
・メアリの母親の存在が出てこないのはなぜ?
→物心ついた時からいなかった。いないので隠れた確執も出てこない。
ただ、ルーシーもリアもエイミーも失踪しており、失踪という言葉が頻出している。もしかしたら母親も失踪したのではないか?
・メアリの父親は何をしている人なのか?
→不明。電話だけの存在。イラストのシルエットはサイラスの父親に似ている。
電話をしているので、冤罪で捕まっているわけでもない。
・ハムレットはフィリップが作った人形?
→猫にもクマにも見える、わけではないので確定できない。
ただ、縫い目が見える感じは似ている。
・あのメアリが電話している場所、動物のイラストが額縁に入れられて、電話機がある場所は何?
→基本的には青い施設をベースにした心象風景。確定されると輪郭がはっきりするので飾られる。思い出すことができる。
・結局、ゲーム内ではどういうことが起きていたのか?
→メアリは衝動的に自殺しかけていた。手すりに手をかけ、6m下の光--落ちてくる月が映る水面--を見た。
メアリと重ね合わせ状態にあるハムレットはその21ナノ秒を引き伸ばし、生きるか死ぬかの重ね合わせ状態にあるメアリを救おうとした。私たちの人生は常に未完了状態にある。メアリもまた。
この21ナノ秒は走馬灯のようなもので、メアリの中の混沌とした心象イメージが様々な形で結実しては弾け飛んでいく。
メアリの中の感情も様々な状態が重ね合わせ状態にある。
誰かのために生きていきたい。
人の幸せを願いたい。
信じ抜けば願いは叶う。
愛されたい。
引き伸ばされた21ナノ秒で、メアリは自分自身に気づき、取り戻す。
・メアリの未完了通話、あのエンディングはどういう意味?
→エンディングの解釈、『確定』はプレイヤーに委ねられている。
悲劇的で切なくて苦しく、しかし美しいのは、メアリの最期である、という『確定』である。
でも、私は、違うと思う。
私はその『確定』は美しいが、選びたくない。
人生はもっと美しくなく、泥臭いものだ。蛇足が多く、余計な御世話なものである。
『なぜこの世界から人間がいなくなったのか? →メアリの中の世界だから。
電話を掛けてくる彼らの存在とはなんなのか? →重ね合わせ状態のメアリ。
ひょっとして、この世界から消えたのは彼女自身なのか? →メアリが『確定』したから消えた。』
メアリは何に確定したか?
それはメアリに確定したのだ。
エンディングは少しずつ光が強く、明るくなっていく。
イキルカ・シヌカ・ハムレット。
プレイヤーは選べばいい。
メアリを確定させればいいのだ。
メアリは『生きる』
メアリは21ナノ秒の後、目を開ける。
煮詰まった濃霧のようなノイズ音が、突如、光景を切り裂くような鋭い弦楽器に変わる。
今まさに落ちてくるかのような月を眼下にする。
手すりを強く握る。その手すりは手のひらに強く食い込んで、痛い。
次の瞬間、長い間、呼吸を忘れていたかのように、メアリは強く大きく息を吸い込む。
--生きている。
青い施設の屋上。
空を見上げると頭上に大きな月が浮かんでいる。
その月から放たれる光はまるで割れて飛び散ったガラスが降り注ぐように、美しい。
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