本作『Million Depth(ミリオンデプス)』は、Cyber Space Biotopeが送る「深層墜下アクションストラテジー」だ。
かわいらしいが寂しげなドット絵と時間停止アクションというシステムに惹かれ、私は軽い気持ちでこの奈落へ足を踏み入れた。
正直に言おう。
当初の期待はシステム的な「遊び」の部分にしか向いていなかった。
しかし、約15時間の探索を終えエンディングを迎えた今、
目当てだったゲームシステム以上に私の心を動かしたのは美しいストーリーだった。
本稿では、狂気のクラフト体験と涙を誘う物語。
その二つの側面から、本作の特異な魅力を紐解いていく。
・あらすじ
崩壊した地球で地下に生きることを選んだ者、地球を捨て宇宙に生きることを選んだ者が存在する世界で主人公の少女モマは宇宙船から汚れた地球を見つめていた。
彼女以外の乗組員は亡くなっており、孤独な彼女の心の支えは地球の地下深くから送られてきた「キミ」からのメッセージだった。
孤独な宇宙船から「キミ」へ会うために地球へ降り立つ。
目的はただ一つ、地底深くにいるという「キミ」に会うこと。
100万階層からなるミリオンデプスへ飛び込んだ少女モマのストーリーが始まる。
・システム
本作の進行は極めてシンプルかつ残酷だ。
プレイヤーは常に、最深部を目指し進んでいく。
ステージクリア後に3つの行き先が提示されるが、どれを選ぼうともそれは「落下」を意味する。
一度降りれば、二度と上の階層には戻れない。
多くのローグライクゲームにおいて、ルート分岐は戦略の一環に過ぎない。
だが本作において、それは物理的な「不可逆性」を伴う重い決断となる。
物資が尽きようと、装備が破損しようと、進む道は「下」しかない。
この「戻れない」という設定が、単なるゲームルールを超え物語の強度を支えている。
プレイヤーは落下するたびに彼女の運命を追体験することになるのだ。
・クラフト要素
シリアスな設定とは裏腹に、本作の「武器クラフト」はプレイヤーの遊び心を暴力的なまでに刺激する。
ブロック状のパーツを組み合わせ独自の武器を作成するのだが、その自由度は常軌を逸している。
「剣の形状が好きだから」という理由だけで、1つの剣に柄(つか)を2個3個と付け倍率を稼ぐ。
剣の尻に銃口を取り付け後ろに銃弾を発砲する。
あるいは、回転刃や爆弾を接合し触れるもの全てを粉砕する凶器を生み出す。
バネを仕込んで反動を増やし、敵に武器を当てたノックバックで別の敵にぶつけコンボを狙いやすくする……。
一見すると支離滅裂な、キメラのような武器たち。
しかし、本作の優れた点は、その混沌の中に明確なロジックが存在することだ。
「見た目は滅茶苦茶だが、数値上の倍率は最強」という理屈が成立した瞬間、プレイヤーはクラフトの沼に沈む。
武器が2つ持てるようになれば片方を防御特化の盾にし、もう片方を殲滅用の重火器にするようなビルドも可能だ。
私は盾に銃口を付け、盾の砲台で防御兼遠距離攻撃、近距離用には上記のキメラソードを良く使用していた。
試行錯誤の末に生まれた「自分だけの最強にして最悪な見た目の武器」を振り回す快感は何物にも代えがたい体験だった。
・戦闘システム
戦闘システムは横画面アクションには珍しく「プレイヤーが動くときだけ時間が進む」というターン制ストラテジーの要素を含んでいる。
マリオで例えるとマリオが0.1秒動けばクリボーも0.1秒動く。
ハンマーブロスのハンマーもこちらが止まれば空中で静止する。
マリオが出したファイアーボールもルール通りに止まってしまう。
左スティックで自キャラ、右スティックで武器を操作する。
武器を操作している間も時間は止まらず進む。
状況に応じて自キャラだけ動かすか武器だけ動かすか、もしくは両方を動かすのかを選択しステージを攻略していく。
理論上、プレイヤーは無限に思考時間を確保できるはずだ。
敵の弾幕が迫ってきても、一度手を止めれば時間は止まる。
冷静に安全地帯を探し、最適解を導き出せばいい。
しかし、現実はそう甘くはない。
特に、大量の雑魚敵に囲まれた時こそこのシステムの真価が発揮される。
「考えられる」という余裕が、逆に「考えすぎてしまう」焦りを生むのだ。
「敵が多いから慎重に……。でも、雑魚戦だから時間かけたくない……。よし!防御を捨てて脳筋プレイでゴリ押そう!」
こんな思考の迷路に陥り予期せぬ大ダメージを被る。
皮肉なことに、慎重さを要するボス戦よりも、物量で押し寄せる雑魚戦の方が精神的な負荷が高い場面も多い。
だが、そのパニックを乗り越えた先には、極上のカタルシスが待っている。
弾幕を計算し尽くされた動きで紙一重にかわす。
あるいは、自慢のクラフト武器や盾で真っ向から受け止める。
全てを回避しきった瞬間の脳内物質が溢れるような感覚はアクションゲームの醍醐味そのものだ。
・ビジュアル
緻密に描かれたドット絵のモーション一つ一つ、そして世界観に寄り添うBGMが、この情緒的な物語をより一層盛り上げる。
特に一枚絵のイベントシーンにおけるドットアートの美しさは、特筆に値する。
言葉少なく語られるシーンの数々は、雄弁なテキスト以上にプレイヤーの感情を揺さぶるだろう。
・まとめ
クリアまでのプレイ時間は約15時間程度。
ボリュームとしては標準的だが、その密度は極めて高い。
クリア後には未開放の素材を集めるための周回要素や、厳しい縛りを設けたハードモードも用意されている。
しかし、一度エンディングを迎えたプレイヤーは、しばらく呆然とするかもしれない。
それほどまでに、モマとの旅路は鮮烈で、心に深い余韻を残すからだ。
―――以下は特にネタバレありです。ご注意ください。―――
・ストーリー追記(ネタバレ注意)
前述した通り、私は当初、本作のストーリーに過度な期待を抱いていませんでした。
……と言うより、システムとビジュアルだけ見て買ったのでどんなストーリーなのかもよく知らず、
可哀想可愛い子が彼ピと会うために地下に落ちてくのかなー位の認識でした。
暗く、退廃的なビジュアルと、尖ったシステムに惹かれたので、物語は添え物程度でもいいだろうと高を括っていたのです。
しかし、その予想は良い意味で、そして激しく裏切られました。
暗く、冷たく、どこか寂しい「ミリオンデプス」の世界。
その中で、主人公モマの存在は異質なほどに明るく、前向きです。
過酷な運命に翻弄され、悲劇的なイベントに見舞われても、彼女は決して希望を捨てない。
その健気さが、暗闇を進むプレイヤーの心を支える唯一の光となる。
だからこそ、物語中盤で訪れる「ある並行世界」での出来事は、心に深く突き刺さる。
事情により感情を失ってしまったモマ。
画面越しに伝わる彼女の虚無感に、プレイヤーは胸を締め付けられることになる。
操作する手さえ重くなるような、苦しい展開。
だが、そこからの再起こそが本作の白眉だ。
探し求めた「キミ」との出会い、対話を通じて、モマが失われた感情を取り戻していく過程。
それは単なるパラメータの変化ではない。
プレイヤー自身が、彼女と共に喜び安堵する「感情の共有」体験なのだ。
そして最後に、もう一つだけ。
もっとも重要なターゲット層を付け加えさせてほしい。
ネタバレになるため詳細は伏せるが、この条件に当てはまる人は義務だと思ってプレイしてほしい。
「今ペットを飼っている人、あるいはかつて大切なペットと共に過ごしたことがある人」
もしあなたがそうであるなら。
このゲームは一生忘れられない一本になるはずだ。
あなたの考える最強の矛と盾を握りしめ飛び込んでほしい。
この美しくも残酷な愛に満ちた奈落へ。