大昔のプレイステーションのゲームが、まさかアーカイブとしてほぼ全プラットフォームに再登場。地味に、プレミアム価格がついていて買い直せなかった逸品。 moonの制作会社ラブデリックが手掛ける、宇宙人探索ゲームなのだが、宇宙人はまるで見えない。写真に収め、現像するその瞬間まで。 あるアパートにUFOが墜落。多数の宇宙人がそのアパートにて助けを求めているが、姿見えない。 アパートの各部屋で起きる異変から推察して探査員(こいつも宇宙人)がその何もない空間を激写。UFOに持ち帰り現像をして、宇宙人が写っていればその宇宙人を救出できる、というのが一連の流れ。 このアパートに住む住人のクセの強さや、少し先が気になるストーリーがまた気になるのである。 宇宙人を助けるたびにストーリーが進んでいくので、見えない宇宙人の気配を感じ取る、当時のゲームらしい少し理不尽さを感じるノーヒント具合でも、乗り越えるモチベーションはマックスに。 陳腐な言い回しではあるが、ゲームシステム、ビジュアル、ストーリーの全てが高いレベルで融合していてとても楽しいのだが、わたしがこのゲームに強い思い入れを覚えるのは、なにより「見えない」部分を「描いている」潔さである。それは、ゾッとするほどだ。 遭難した宇宙人は見えないのだが、プログラム上では全て「いる」。だから、写真に撮るとその瞬間が写る。 それは、何かアクションを起こしていないときでも、ただ移動しているときでも、ちゃんといる。撮れば、写る。 個性豊かな宇宙人たちは、惜しげもない労力を使ってデザインされ、配置され、動かされているのを、我々はゲーム中に写真を通す以外で、いっさい「見ることができない」。 だからこそ、ゲームが面白い、という、これはとんでもないことである。 貴族の遊びのようなその贅沢さが、このゲームの根底を支えて、長く愛されているのかも知れない、と20年以上ぶりに再プレイをしたわたしは、やはりぞっとした。